青年海外協力隊の「野球隊員」から手ほどき

 ソフトバンクが、また新たなる“チャレンジ”に乗り出した。

 3、4軍がキャンプを行う福岡・筑後で、アフリカのウガンダからやって来たテスト生の2投手が練習参加したのは、2月20日から25日までの第5クールのことだった。

 ジョセフ・デン・トンは16歳の右腕。201センチの長身で、手足の長さがやたらと目を引く。エドリン・カトーは17歳、身長179センチの左腕で、こちらはすでに独立リーグの兵庫ブレイバーズで2022年からプレーしている。

 アフリカ東部に位置する内陸国のウガンダは、2019年5月に南アフリカのヨハネスブルグで行われた「アフリカカップ」の最終予選に進出した4カ国の中の1つで、準優勝を果たしている。

 ちなみに同カップは2021年に開催された東京五輪の出場枠をかけて戦う「ヨーロッパ・アフリカ予選」に出場するアフリカ代表の1カ国を決める大会で、優勝したのは南アフリカ共和国だった。また、ウガンダと同様にアフリカカップで最終予選進出に進出したジンバブエを率いていたのは、2023年夏の甲子園でベスト8に進出した岡山代表・おかやま山陽高の監督・堤尚彦だった。

 デンとカトーがウガンダで野球の手ほどきを受けたのは、日本から派遣された青年海外協力隊(JICA)の「野球隊員」からだった。現在、さわかみ関西独立リーグに所属する兵庫ブレイバーズでコーディネーターを務める田中勝久は、アフリカカップでウガンダの代表監督を務めた。田中が橋渡しをする形で兵庫球団には、ウガンダから選手が継続的に派遣されている。カトーは6人目になる。

大きな岩を抱えてスクワット

 さらに、田中とともに今回のソフトバンクのトライアウトに帯同したコーチのオケロ・べナードも、兵庫ブレイバーズの前身にあたる独立リーグ・兵庫ブルーサンダーズでプレーした経験がある。

 オケロは日本からの帰国後、野球を普及させるために各地の学校訪問を行っていた中で、カトーは野球を知り「自分に合っているスポーツだと思った」。また、デンが野球に取り組むきっかけとなったのは、オケロが自身の近所に住んでいたデンの長身に着目して、勧誘したことだったという。

 デンは、ウガンダの隣国・南スーダンの出身。2013年に内戦が勃発し、兵士だったデンの父は銃撃を受けて亡くなった。翌年、デンは叔父の住むウガンダに避難。だからコーチのオケロと知り合った時には、避難キャンプにいたのだという。

 食糧事情も決して恵まれておらず「肉は1カ月に1回くらい」とデン。身長201センチながら、体重は73キロだから、外見的にやはりひ弱な感は否めない。レジャーやスポーツにも無縁で「野球を始めるまでは、学校に行くこと以外の時間にやることがなかった」ともいう。

 トレーニング機器も揃っておらず、ソフトバンク関係者がチェックした練習風景の映像には、大きな岩を抱えてスクワットを繰り返すデンの姿があったという。長身ゆえの手足の長さを生かして投げ下ろすフォームは、まだ体が出来上がっていないゆえ、球のスピードや威力には欠けるが「120%、ポジティブな方に振れたとすれば、ロッテの佐々木朗希君みたいになれる可能性はある」と表現するのは、デンを実際にウガンダで視察した松本裕一・編成育成本部国際部長だった。

「ドラフト1位レベルです」

 これまでウガンダ出身の選手がNPB球団に入団したケースはない。そんな中で、ソフトバンクが、こうした“世界の原石”に着目し始めた理由を松本国際部長は「メジャーリーグの年俸の高騰と日本との給料の格差、さらに日本のレベルアップもあって、最近は米国の選手が日本に来て、即チームの柱になって活躍をしてくれるというのが年々減ってきている」と現状の“助っ人事情”をその一つに挙げる。

 さらに「米国から有力な選手を連れてくることは継続しつつも、もう一つ別に、若くて素材のいい選手をスカウトしてきて、我々の育成システムに入ってもらって、育てて、1軍に送り出す方が一流の選手が育つ可能性があるんじゃないかというところにシフトしています」と説明する。

 ソフトバンクでは、育成からリバン・モイネロが主力投手に成長した例がある。現状の育成選手でも、外野手のホセ・オスーナは2年目の17歳だが、いとこは2020年にアトランタ・ブレーブスで本塁打、打点の2冠王に輝いたマーセル・オスーナ。その血筋の良さからか、パワーやスピードには目を見張るものがあり「17歳とは思えない。日本なら高校生ですから、それこそドラフト1位レベルです」と永井智浩・編成育成本部長。

 さらに、メキシコ出身で来日3年目、19歳ながら最速152キロの左腕、アレクサンダー・アルメンタ、同じく3年目の24歳で最速159キロを誇る右腕、ドミニカ共和国出身のマイロン・フェリックスの2投手は、今年2月のキャンプで宮崎のB組に抜擢されるなど、すでに“萌芽の予感”も漂ってきている。

世界の逸材を獲得して育てていく

 2024年2月のキャンプインの時点で、ドミニカ共和国、キューバ、メキシコから計7人の育成外国人選手が在籍しているが、ソフトバンクはここからさらに、ヨーロッパ、アフリカ、アジアにも視野を広げる計画だという。

 今年から、ソフトバンクでもプレー経験のある台湾出身の元内野手・李杜軒スカウトを母国・台湾に駐在させるのは、台湾の逸材たちが米メジャーへ流出するケースが多いことに着目し「そうした有力な選手を獲りたい」と永井本部長。全世界にアンテナを張り、世界の逸材を獲得して育てていくという新たな“育成のフェーズ”に入り「そのために4軍を作ったともいえます」と、永井本部長は語る。

 ウガンダには、大谷翔平の所属するドジャースがアカデミーを置いてスカウティングの拠点とし、最近でもそのドジャースと4人、パイレーツとも1人が契約するなど、ウガンダはアフリカ諸国の中でも、身体能力の高い選手が多いともいわれている。

 ただ、デンの場合、まだ本格的な強度の高い練習やトレーニングをしたことがなく、現状の実力的にはプロレベルには程遠い。

 プロ球団の練習についていけるのかという懸念も拭えないのは事実で「こちらもプロの球団ですから、そうした現状のレベルと将来の可能性をどう考えるのか。そこは難しいですね」と永井本部長。学校教育や引退後のセカンドキャリアも含め、今後の育成外国人獲得へ向けて、検討すべき課題も多いのは確かだ。

「一生の思い出になります」

 デンは「野球が人生を変えてくれる」と語り「家族全員が避難したら拠点がなくなる」という理由で今も南スーダンに残る母親に「いい生活をさせてあげたい」。これこそ、真のハングリー精神だろう。

 来日するために、ビザを取りに行った際には強盗に襲われ、身の周りの物をすべて奪われたという壮絶な体験も語ってくれた16歳に接してみると、こちらもつい取材する立場を忘れ、肩入れしたくなってしまった。

 それは、どうやら誰もが同じ思いだったようだ。

 前述したオスーナは、デンへ新品のスパイクを2足、トライアウト最終日にプレゼントし、練習中の昼食を共にしたドラフト5位ルーキーの右腕・沢柳亮太郎は「寂しくなるよ」とファンに配る自らのサイン入りカードをデンに渡したという。そのカードを嬉しそうに見つめながら「テストにパスできるかどうかは分からないけど、今回のことは一生の思い出になります」。

 そう語るデンの“これからの野球人生”に、幸多かれと祈りたい。

 そして、世界の逸材を集め、自らの手で育てていこうとしているソフトバンクの新たなる挑戦の成果も、それこそ1年や2年では決して出ない。デンのような“原石”を磨き上げるには、それこそ7〜10年の中長期的な視野で取り組む必要がある。それだけに、4軍制を生かしたソフトバンクの“新たなる育成スタイル”には、こちらも継続的に注目していきたい。

喜瀬雅則(きせ・まさのり)
1967年、神戸市生まれ。スポーツライター。関西学院大卒。サンケイスポーツ〜産経新聞で野球担当として阪神、近鉄、オリックス、中日、ソフトバンク、アマ野球の各担当を歴任。産経夕刊連載「独立リーグの現状 その明暗を探る」で2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。産経新聞社退社後の2017年8月からは、業務委託契約を結ぶ西日本新聞社を中心にプロ野球界の取材を続けている。著書に「牛を飼う球団」(小学館)、「不登校からメジャーへ」(光文社新書)、「ホークス3軍はなぜ成功したのか」(光文社新書)、「稼ぐ!プロ野球」(PHPビジネス新書)、「オリックスはなぜ優勝できたのか 苦闘と変革の25年」(光文社新書)、「阪神タイガースはなんで優勝でけへんのや?」(光文社新書)

デイリー新潮編集部